人間模様

わたくしは将棋が好きです。

もっと言えば、将棋を取り巻く人間模様が好きです。

特に近代将棋の人間模様が好きで、関根金次郎名人から始まる、男たちの栄光と挫折、苦悩と歓喜

これらがたまらなく好きです。

将棋を通して、わたくしは競技ではなくそれを取り巻く人間模様が好きなのだと気づかされました。

政治にせよ、野球にせよ、サッカーにせよ、声優にせよ。

仕事そのものよりそれに携わる人の葛藤を見たり聞いたりするのが好きなのです。

将棋界の人間模様の中で誰が好きかと聞かれれば、土居市太郎名誉名人を挙げます。

世が世なら名人になれたのに、関根名人が世襲制を打開し実力制に移行したために、ついに名人の座に就くことができなかった悲運の棋士

そんな土居先生は一度だけ名人戦に挑戦することになります。

今で言うA級順位戦をなんと54歳にして13戦全勝で勝ち上がり、挑戦権を得ました。

ここまで書くと素晴らしい棋士、ということになるのですが、わたくしの下衆の勘繰りとしては周囲の「土居に檜舞台を」という声が後押しして、土居先生に「強い追い風」が吹いたのだと思っております。

おそらく7戦8戦くらいは対戦相手もそれなりに力を出してきたのでしょうが、それを勝ち上がった土居先生に回りが絆されたのでしょう。

また、新聞社的にも「土居対木村」はぜひ見てみたい戦いでしたし、一度は将棋界分裂まで至ったのですから、双方の刀を鞘に納めるためにも「お膳立て」したのだと勘繰っております。

こんなことを書くと、蓮の葉っぱの上におられる土居先生に叱られてしまいそうですが。

ですが、愛媛県出身のわたくしとしても、土居先生が名人位に就いておられたら、ひょっとすると愛媛は俳句だけでなく「将棋の街」として栄えた可能性もあるので、言い方に悪意が出てしまいますがつくづく「悲運」という言葉が当てはまる棋士でした。

土居先生は愛媛でも知っている人は少なく、わたくしも将棋の勉強をして初めて土居先生の存在を知りました。

「土居」という名字は愛媛に多い名字ですし、功績から考えても何か記念碑くらい愛媛にあってもいいものだと思いますが、なかなか事は難しいようです。

土居先生も好きな棋士の一人なので、対局集など再販してくれたら嬉しいのですが、藤井ブームの今、野球で言う大下弘のような名前を出しても、あまり売れないのでしょう。

「攻めの土居」特に、歩の使い方が上手かったの言われる土居先生の棋譜を、書籍化してほしいものです。