ぼちぼち小説を書いている身としては、AIの存在がとても気になる。
もうAIは、人間の文章力を越えている。
当たり前のことだが、そのAIをどれくらい使うことが許されるのか、というルールはまだ明確にはない。
例えば、私がAIだけを使ってある賞に傑作を応募した時、その賞に「AI使用禁止」の項目が無ければ、私の作品は受賞対象にならないのだろうか。
仮に「AI使用禁止」の項目があったとして、それをどうやって証明するのか。
24時間作者を監視することは不可能だろう。
小説という娯楽は、読者を楽しませることによって収入を得ているのだから、より面白い娯楽が提供できるアイテムがある以上、それを使うことに問題ないと思う。
コンビニやスーパーだってビッグデータを元に商品開発をしているのだから、小説家もそれに倣うのが本筋のような気がする。
「職務怠慢だ」ときこえてきそうだが、いまやビッグデータを無視した商品開発などありえないのだから「顧客のニーズに合わせる」のは当然のことだと思う。
こういったことは、いまのうちにルール策定しないと、あとで大きな問題になる。
おそらく、その議論の結末は、AIは何パーセントまで使って大丈夫、というのに落ち着くのではないだろうか。
そのほうが、読者は面白い小説が読めるし、作者の負担軽減にもなる。
誰も、損する人はいない。
そして、そうこうしているうちに、AIが作った小説を読めるサイト(アプリ?)が誕生するのだ。
そこでは、パーソナライズされた小説が読めて、気に入らなければその場で瞬時に校正でき、この世で自分好みのたった一つの小説が読めるようになる。
そうなれば、小説家も、斜陽産業だろう。
インベーダーゲームのように、小説家には「昔の」というイメージがつくかもしれない。
しかし、それはそれでいいと思う。
昔ながらの小説しか書けない作家と、今どきの流行り廃りを理解した新しい作家のどちらを選ぶかといえば、私は間違いなく後者を選ぶ。
時代に合わせた作品を書ける人間こそ、真の才能を持っているといえるのではなかろうか。
なんてことをいってみましたが、この記事には少しAIの力を借りました。
これからも、私のブログにはAIを使っていきます。
AI君、こんないい文章作っちゃあダメだよぉ?