このテーマを書くのは、気が重い。
この世で一番愛している女性のことを書くのだから、私の執筆人生のすべてを使ってでもいいものに仕上げたいし、見返した時に「なんと馬鹿な」となっても嫌だ。
だから、今まで意図的に避けてきたが、本格的に応援するにあたり、決意表明や初心を忘れないためにも、稚文ながら、まとめておきたい。
田中涼子さんとの出会いは、2013年にリトルバスターズをプレイした時だ。
姉御の声を聴いて、私は恋に落ちた。
もっともその時は、恋に落ちたなどとは微塵も思わなかった。
「ああ、いい声だな」と思った程度だ。
だが、そこからが違った。
プレイしたその日から、私はずっと、ずっと、姉御の声を聴いていた。
いままで、数々のゲームをプレイしてきたが、こんな経験は初めてだった。
それが1年経っても、2年経っても、3年経っても。
私は、ずっと姉御の声を聴き続けていた。
そして、ある時気がついた。
これが、恋なのだと。
そう気づいた時、私は汚い照れ笑いを浮かべながら、目を潤ませた。
「私にも、まだ人に恋するなんていう、人間らしい感情が残されていただなんて」
いじめ、虐待、ひきこもり、不登校、PTSD、うつ病、パニック障害、円形脱毛症。
これらを16歳までに経験した私にとって、人生とは、最早なんの意味も持たないものだった。
だから、今こうして生きているのは不思議な感覚だ。
高校の卒業式を迎えた翌日に、自殺するつもりでいたから。
その前の年の大みそか。
高山に旅行していた私は、人生最後の旅行を楽しんでいた。
「これが最後の雪景色だ」と思いつつ、夜の8時半を回った高山の町を、ぷらぷらと歩いていた。
そして、不動橋にさしかかった。
今ではすっかり綺麗になったが、昔の不動橋は、底が抜けてもなにも不思議ではない、古ぼけた(いまでも)細い橋だった。
そこを渡っている時、ふとどこから声がきこえた。
「死んではいけない!死んではいけない!」
怒号にも似た、恐怖すら覚える生きることへの渇望が声となって、私の脳裏を吹き荒びはじめた。
周囲に誰もいない中、その声がしたのだから、私もだいぶ逝っちゃっていたらしい。
「ここでもし、死ねなかったら、私は生きるしかない」
そう直感したのだが、文字にするとなんとも馬鹿々々しい。
しかし、まあそう思ったのだから仕方ない。
その思いを胸に、不動橋の欄干に足をかけて、川に身を投げようとした。
幸い、下は一面雪が積もっていて、今飛び込めば、10時間は楽に見つからない。
その間に、低体温症で死ねる。
そう思って、身を乗り出して、川を眺めていたのだが。
結局、私は身を投げることができなかった。
そして、不動橋を渡り切り、商店街をとぼとぼと歩いている頃には「ああ、生きないとなぁ」なんてボヤキながら、かじかむ手を温めていた。
今でも不思議なのは「死にたくない!」ではなく「死んではいけない!」ときこえたことだ。
だから、あれは第三者の声だったと、勝手に信じている。
その声が田中さんだった、というのは多分私の脳みそが作り上げた空想なのだが、そのほうがストーリーとして面白いし、なにより私が一番合点がいくので、あの声は私の中では田中さんの声、ということになっている。
それに、あの死ぬ際に、もし心残りがあったとすればなにが心残りだったろう、と数年経った頃、考えてみると「まだ、田中さんにメールを読んでもらったことがない」という結論だった。
実際に田中さんに会うのは難しいが、メールを読んでもらうことはできる。
丁度その頃、グリザイアのラジオもやっていたから、そんな心残りが芽生えたのかもしれない。
それがあの声に結び付いた、とどこまでも劇的に私の人生を加筆、修正しようとするのだ。
と、思っていたら、2019年に田中涼子さん本人に会うことができて、しかも握手まで賜ったのだから、人生生きていればいいこともあるものだ。
卒業式以降のことも書き始めると長くなるから割愛するが、総じて田中さんへのラヴでなんとかなった。
多分これからも田中さんへのラヴでなんとかなっていくんだなぁ、と思っては、またあの汚い照れ笑いが浮かんでは消えて、目が潤んでしまう。
私から、もうすっかり、人間らしさなんてものは消え去っていた、と思っていた。
だが、そんな私の前に田中涼子さんが現れた。
そして、微かな光を、私に与え続けてくれた。
人生真っ暗だと、微かな光のほうが、目が眩みにくいし、妙な安心感もあるのだ。
もちろん、田中さんはそんなことをしているつもりは一切なかっただろうが、あの時、あの状況で、私にあれだけの希望を与えてくれたのは、感謝というよりなく、また感謝という言葉でしか言い表すことのできない私のこの、ヒルルクを殺してしまったチョッパーのようなの未熟さが、少しでも良くあろう、誠実であろう、誰かの一助であろうとさせるのだ。
田中涼子さんは、私の一番愛している人。
そして、きっとずっと一番愛し続ける人。
だから今日も、汚い照れ笑いを浮かべるのだ。